武周が池@

 昔、ある男の人が福井からの帰りに漆が渕のあたりを通りかかると、娘が一人たたずんでいました。
 雨の降る日であるにもかかわらずゾウリをはいていますので、これは怪しいと思いました。娘はブシュゥへ行く道を教えてくれといいます。
 男は、「おれの在所はブシュウだから、連れていってやろう。」
といいました。

 この女は、オオタケスオウノカミの娘でありました。わきの下にウロコが生えてきたので、大蛇になるために漆が渕まで来ましたが気に入りませんでした。それで武周が他に行くことにしたのです。 

 ブシュウに着きますと、娘は、
 「おんさん、わたしがここに来たことは、誰にも言わずにおいておくれ。そしたら毎日、こい一匹と銭二十文をあげる。それをカイド(家の前)の岩の上においとくから。もし他人にいえば、孫子の世七代までたたるよ。」
といいました。
 
 それ心ら男は毎日魚と金を得たので、在所の者はふしぎがって、その訳を知りたがりました。特に男のかか(女房)が知りたがって、しつこくたずねました。あまり口やかましく問いつめるので、つい、かかにだけ話しました。そしたら先に娘が言っていた通り、一晩のうちに男の家のあたりの地面が沈下して、そこら一面ため池となってしまいました。

 今でも武周が他の中に岩があります。それが男の家のあとだそうです。

 その家の一代目はこのようにして死にました。二代目はかめ(亀)が流れてきたのを取りにいって、あべこべにかめにとられて死にました。三代目も流れ木を拾いにいって死にました。
 昭和になってから、武周が他に発電所ができました。そのときエンテイ(堰捷)をつくる石を舟で運びました。
 ある日、石を運ぶ人夫一人休んだので、代わりに村から人足に出ました。五月二十四日のことでした。舟が他の中を進むと、突然大きなヒョウが降り、他に大波が起り、その舟がひっくりかえりました。村から出た人夫は、他の中に沈んで浮き上がりません。いかりをつけて水底をさらえたところ、その人の着ていたドミノ(蓑の一種)だけ上がったが、その人は上がりませんでした。
 よく調べてみましたら、この死んだ人は、はじめに死んだ男の血筋の人でありましたと。