話十両

 昔、ある男が江戸へ米つきにいきましたと。
 一生けんめい元気に働いたので、お金が三十両たまりました。ずうっと昔のことですから、そのころの大金でありました。

 それでせっかく江戸へ来たのだから、何か珍しいものをみやげに買って帰ろうと思いました。三十両を胴巻き【大切なものを長い袋に入れて、腹に巻きつける】に入れて、江戸の町をあちらこちら、ぶらぶら見て歩きました。するとある家の前に、『話十両』という看板が出ていました。
 品物を売る店はたくさんあるけれど、話を売るとは珍しいことだと思いました。
 店にはいり、「話を一つ売ってもらいたい。」

 といいますと、店のものが、「話」一つ十両だが、お金を持ってるかね。」と念をおしました。
 それでいわれた通り、十両渡すと、店の者は、

 「大木の下によってはいけない。」
 といいました。話が余りに短いので、もの足らぬ気がして、男は、

 「もう一つ売ってもらいたい。」
 といいますと、前と同じように店の者は、

 「ではもう十両出してもらおう。」
 といったので、いう通りにまた十両渡しました。今度は、

 「ねこなで声には、ゆだんするな。」
 といいました。これもまた短かったので、男はまた、
 「もう一つ売ってもらいたい。」

 と頼み、最後まで持っていた、残りの十両を渡しますと、
 「短気は損気。」
 と、前のよりももっと短い話を売ってくれました。

 男はもっと長くて良い話が買えると思っていたのに、こんな短い話だけを三つも買って、当てがはずれました。せっかく骨を折って働いてためた三十両を、こんなことで使ってしまったのをくやしがりましたが、今さらどうにもなりません。
 仕方なくさびしい思いをしながら、とぼとぼと国の方へ帰って来ました。

 途中、野原のまん中で、にわか雨にあいました。幸い近くに大きな木があったので、急いでその下へ駆け込んで雨宿りをしました。その時ひょっと、
 「大木の下によってはいけない。」
 という、最初に買った話を思い出したので、あわてて木の下を離れました。するとそのとたんに、雷が大木の上でゴロゴロゴロッ、ピカリ、ドシャンと落ちて、大木が真っ二つにさけました。そこで男は、
 「ああ、危ないところだった。あの話は十両で安かったわい。」
 と思いました。

 雨があがったので、また歩きました。そのうちに日が暮れて、あたりがまっくらやみになりました。どこかに泊まらなくてはと思って見まわすと、遠くの方にチラリとともし火が見えました。
 そこへ行き、一晩泊めてほしいと頼みました。中から女のひとがひとり出て来まして、ねこなで声【やさしくこびるような声】を出して、
 「さあさあ、お泊まり下さいな。」
 といって、すぐに奥の座しきへ案内してくれました。

 夜がふけたので寝床をとってもらい、その中にはいったとたんに、二番目に買った話の、
 「ねこなで声にはゆだんするな。」
 という話を思い出しました。それでぐるりを注意して見まわすと、天井から大きな石が下げてあり、寝ると頭の上にすぐ落ちるようになっていました。
 男は、これはたいへんだわいと思い、そっと起きて裏口から一もくさんに逃げていきました。そして、
 「ああ、危いとこだった。あの話は十両とは安かったわい。」
 といいながら、胸をなでおろしました。

 そのあと何日かかかって、ようやく自分の家に帰り着きました。
 「やれやれ、何といってもわが家は安全。」
 と思って、中へはいろうとし、ふと見ますと、障子に自分の女房と見知らぬ男の影が二つうつっています。 男は、
 「さては、自分の留守の間に、女房がほかの男と仲よくなったんだな。」
 とたいへん腹が立ちました。
 「ようし、女房と男を刺し殺してやろう。」
 と思い、刀を抜いて、家の中へとびこもうとしましたが、そのとき、
 「短気は損気。」
 という三番日に買った話を思い出しました。それで心を静め、落つきはらって、
 「今帰っただ。」
 と呼びかけながら、家の中へはいりました。すると女房が喜んで出迎えてくれました。 男は、
 「今お前と一緒にいた男はだれだい。」
  と一間きました。女房は笑いな、から、
 「あれはあんたの留守の間、女だけの暮しは不用心だと思い、お母さんに髪を切って男の姿をしてもらっているのですよ。」
 といいました。よく見ると母が、ザンギリ頭で女房とならんでいました。男は、
 「ああ、もう少しのことで危ないことになるのだった。あの話が十両では安かったわい。」
 と思って、非常に喜びましたと。

 そうらい、めったり、はいのくそ。